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| 「功名が辻」ゆかりの宿(旧山内家下屋敷跡) | ||
| 旧土佐藩15代藩主山内容堂公下屋敷跡に立地し、入口に藩政時代の武家長屋(国重要文化財)が大門とともにあります。1867年(慶応3年)2月薩摩藩主島津久光の使者として西郷隆盛が山内容堂公と会見をした場所でもあります。歴史を物語るたたずまいは、山内神社の杜の緑やすぐ近くを流れる鏡川、石畳等ともマッチして落ち着きと風格を感じさせます。木造2階建ての長屋は建築史上も貴重とされ、中を無料でご覧になれます。雅楽の生演奏の先導で、近くの山内神社での挙式に向かう花嫁行列「ザ・祝言」は、心に残る三翠園ならではの婚礼風景です。 | ||
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| 庭園 | ||
| よく手入れの行き届いた松の緑とさつきとしばふの庭は、お客様の目を休ませ、散策する人の心のうるおいともなり、また屋外での人前結婚式、披露宴会場、パーティ会場、夏のビアガーデン、庭園コンサートなどに使われます。庭園の片隅になぜか明治時代のはりまや橋とそっくり同じ橋がかかっています。椋の木の巨木はご神木とされ、庭の入り口のそてつの巨木と同様、藩政時代からのものと言われています。 | ||
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| 温泉 | ||
高知では珍しい高温泉が湧出しており、男性用の「一豊の湯」、女性用の「千代の湯」は、それぞれ露天風呂、サウナも備え、多くの方々に温泉のくつろぎを楽しんでいただいています。湯は、48℃、ナトリウム塩化物高温泉。温泉館は、「水哉閣(すいさいかく)」という名がついていますが、1907年(明治40年)大正天皇が皇太子の頃この地にご宿泊になられた際に、鏡川の美しさを「水よき哉(かな)」とお褒めになり、「水哉閣」と命名されたものです。 ![]() その際、随行の東郷平八郎大将に命じて墨書された「水哉閣」の書は「一豊の湯」入り口の2F廊下に展示されています。 そのそばには、「高知城二十四の物語」として、知ってるようで知らない高知城のエピソードが札にして掲げられてあります。 三翠園大門そばの大きな松ぼっくりのモニュメントは、高知県の陶芸家西邨滋さんの作で、温泉から引いたお湯の湯気がたっています。 |
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