三翠園とは…
庭園の松の翠、前を流れる鏡川の碧、前にそびえる筆山の緑をあわせ、「三翠園」としたもので、命名は、創立当時の山本ワ高知市長によるものとされています。
三翠園の敷地は…
土佐藩15代藩主山内豊信(とよしげ)公(容堂公)の下屋敷跡です。山内容堂公は、徳川慶喜に大政奉還の建白書を提出したことで知られる。こよなく酒も愛し、「鯨海酔候」とも称していた。
三翠園の歴史は…
昭和20年
空襲を受けて焦土と化した高知の復興には、観光振興しかないとの思いで、当時の栗原県知事が高知市、財界に働きかけ、国際観光旅館の設立を呼びかけたのが始まり。
昭和23年
今でいう第三セクター方式で、行政、経済界が出資しあって「土佐観光施設協会」を設立し、旧土佐藩主山内家の邸宅跡を購入し、旧山内邸に水哉閣を復興。
昭和24年   開業。
昭和25年   昭和天皇ご宿泊。その年、株式会社に組織変更。
昭和39年   本館6階建て完成。
昭和44年   当時としては画期的な14階建て完成。
平成元年    宴会棟完成。
平成9年     高知市内では初めての高温泉湧出。
平成11年   温泉館「水哉館」完成。
平成18年   ロビーリニューアル耐震化工事完成。
三翠園の社章…
山内容堂公の下屋敷跡に建つ旅館ということから、三つ葉柏を社章としています。山内家の家紋とよく似ていますが、○の位置が山内家は三つ葉柏の外なのに対し、三翠園の社章は、三つ葉柏の真ん中に重ねて○があるという違いがあります。