3/26
◆龍馬脱藩祭に再登場


市長時代は毎年龍馬の衣装で参加していた脱藩祭ですが、さて本年はと思っていたところ、岡崎市長が別の会の用務で参加できなくなり、急遽、また私に龍馬役をやってほしいとの地元神田龍馬会の皆さんからのたってのご要請があり、神田龍馬会最高顧問のお役をいただいている私としてはやむをえず(?)久しぶりの龍馬衣装を身につけて脱藩宣言の役をすることになりました。
龍馬が脱藩の決意を固め「吉野に桜を見に行く」と言って、脱藩決行前にお参りしたのが、坂本家が建立したとされる神田(こうだ)の和霊神社。参道は、薄暗い森の中のいかにも当時のまんまという感じの細い急な石段の道。

神社での神事のあと、坂本家代々伝わっていて、昭和になって和霊神社の氏子総代に預けられたとされる刀のご披露がありました。
通常の刀よりも長尺で、きれいに研ぎ澄まされており、ひょっとして龍馬もさわったかもしれないと思うとわくわくしました。

「私はすでに脱藩した身ですが、今、市長に脱藩されても困るので、代わりに私が脱藩を地でいってみたいと思います」ということで、声高らかに脱藩宣言をして、たいまつ持ってちびっ子龍馬君たちとともに、和霊神社を後にしました。
山を降りると神田太鼓の子供達が威勢よく太鼓を打って、脱藩ムードも最高潮。

龍馬は脱藩してから近代日本の礎を築く自由奔放大活躍。
さて、脱藩後、新しい世界に飛び込んだ私も「ふりーじゃきに」の立場をどう活かし、活躍できるか。
がんばらねば。

3/24
◆高知の郷土料理を食べる
土佐の料理伝承人が伝える高知の食文化展、郷土料理を食べ、語る会が催され、県下各地から沢山の料理が一堂に会しました。

東洋町のこけらずし、北川村の金時豆の押し寿司、安芸市の米なすのたたき、里芋ようかん、香南市のひめいちとみかんの辛子煮、大豊町の銀ぶろう寿司、こんちん、半夏だんご、南国市の四方竹のポン切り煮、いの町のいもべらあずき、四万十町のしいたけのタタキ、宿毛市のみかんもちなどなどこれだけそろうと壮観。高知の伝承食文化のすべてを見る思いでした。出展者は、各地域の農協女性部、漁村女性グループ、生活改善グループ、郷土料理研究会などがんばっているはちきんメンバーです。ひとつずつ食べてみると、これが実に家庭料理的、めずらしい味、なつかしいような味が口いっぱいに広がりました。

加えて、地元食材を使って現代風郷土料理もプロの料理人により展示され、試食、レシピ紹介がありました。わが三翠園からも調理部長自ら土佐の伝統的な「たまむし」を現代風にアレンジしたものが出され、試食会では、一番わっと殺到し、あっという間になくなったように思います。そのほかにも、土佐伝統食研究会からは、かぼちゃのたたき・黒豆ご飯のおむすびという私好みのヘルシーたっぷりの料理も出され、こんなのが、三翠園でも出されたらなあと調理部長の方をちらちら見ながら暗黙の指示をしたところです。

地産地消と言われますが、やっぱり住む土地の土壌、気候から育つ食材で先人の生活の知恵がいっぱいに詰まった郷土料理が健康のためにも最適と感じますし、旅人もその土地でしか食べられないものを食べることを最も望んでいることでしょう。そんな料理の提供をめざしたいと改めて決意したことです。

3/17
◆鳥取にて大いに語る
鳥取県のシンクタンクの主催による高速道路開通による地域活性化方策についてのシンポジウムの基調講演を依頼され、このほどはるばる鳥取県まで片道車で4時間の道のりを行ってきました。

鳥取県の高速道路は、県西部の米子、境港方面はすでに平成9年に開通していますが、県都鳥取市にはまだ届いておらず、平成21年度完成をめざして今「姫路鳥取線」(姫路ー鳥取間)の整備が進められています。

鳥取市民の長年の悲願の高速道路開通に先駆けて、開通の効果を最大限に享受し、マイナスの影響を最小限に抑えるためにどうすればいいかを議論するのが、今回のシンポジウムのねらい。

一足早く高速道路が開通している高知の例を参考にしようということで、高知市長時代から公私ともにいろいろご縁があった私に基調講演の白羽の矢がたったものです。現職を離れていますので、最初はお断りしたのですが、フリーな立場になったからこそ自由に発言してほしいと懇請され、とうとう引き受けてしまいました。

高速道路と本四架橋の開通の前後で、約百万人の入り込み観光客の底上げ増加があったこと、特にインターチェンジ周辺に流通関連企業の立地があったこと、高速バスの増加、地域のイメージアップ、都市・農村間の交流の活発化などのメリットがある反面、大型店舗の進出による中心市街地の衰退、県外への買い物客の流出、日帰り客の増加などのデメリットがあることなどの具体例を挙げ、それへの対策を講ずる必要を述べました。特に、大型店舗のくだりは、苦い経験からひときわ熱がこもってしまいました。お得意の観光戦略については、資源を活かす、チャンスを活かす、時代を先取りするの3大戦略をこまかに述べる予定でしたが、時間が足らなくなり、はしよってしまったのが残念です。

その後のシンポジウムも各パネラーともユニークな提案も含め活発な論戦が繰り広げられ、大変楽しませていただくとともに、高知の場合これほど事前に議論しただろうかと反省したりで、久しぶりにいい勉強させていただきました。

お役目が終わった後は、シーズンの終わりを迎えている松葉ガニをいただき、日本海の温泉にゆっくりつかりながら、身も心もすっかりリラックスさせていただきました。しかし、もちろんその間も泊めていただいた温泉宿のハード・ソフトのもてなしのノウハウを学び取ることは忘れていません。

3/10〜15
◆卒業式シーズン
私が講師をしている龍馬学園、高知リハビリテーション学院、RKC調理師学校の卒業式が連続して行われ、かわいい(?)教え子がそれぞれ巣立っていきました。

「あの生徒は確か熱心に質問をしていたなあ、あの生徒は答案用紙に助命嘆願文が書いてあったなあ、あの生徒はいつも100点とってたぞ、こちらの生徒はよく授業時間中寝ていたなあ」と、1人1人の顔を見るとこの1年の風景が思い出されます。

ひげをはやして髪もすずめの巣みたいで外観は飛んでる生徒でも、皆勤賞をもらったり、卒業料理作品展で優秀賞をもらったりしており、人は外観だけで判断できないもんだねえと感心したりです。

卒業の答辞を読んだ若いお母さん生徒は、「卒業料理作品展に出品する料理を夜を徹して朝までかかってやっと仕上げました。夜中に2歳になる子供が何度も目を覚まして、寝かしつけてはまた料理を作る作業を繰り返したのもいい思い出です。」と、苦労話を答辞の中で述べると、こちらまで、こみ上げてくるものがあります。

専門学校の生徒の多くは、アルバイトで学資金を稼ぎつつ勉学に励んだり、家庭を持ちつつ通ったり、苦労しながら即実践力となる資格をとるべく目標を持って努力をしています。一方で、大学に入ったけれど遊びほけているような人もいる今の世の中に、進学のあり方、教育のあり方を考えさせられます。
卒業式の後で行われた謝恩会では、生徒から感謝の花束をいただいて、つい嬉しくなってしまいました。その後は、またあの授業時間のようなやんちゃな生徒の表情に戻っていました。

3/12
◆皿鉢祭りにぎやかに
第38回の皿鉢祭りは、市の財政難のあおりを受け、例年の中央公園での大テントを張っての祭りはできなくなり、あわや中止かと思われていましたが、「ここまで続けてきたのだから行政に頼らずに関係者の力で」という思いが、場所を変えて市民の台所「大橋通り」アーケード内で実施されることとなりました。

中央公園とはまた違った趣で、長ーい展示会場も壮観で好評。祭り太鼓でにぎやかに始まり、毎年楽しみしていた沢山の方が訪れていました。市内の調理人の粋を集めての「これが皿鉢だ!」という料理がずらりと並びました。わが三翠園も、和食、中華部門で参加し、決して他にひけめをとらない作品に、お客様も感嘆の声。

土佐の名物料理をアピールする場でもあり、皿鉢技術と工夫を競い合う「皿鉢祭り」、今後も末永く発展してほしいものです。

3/11
◆よさこい初陣の舞 春宵祭華やかに
冬から春にかけてのイベントを作ろうと今年から始まった「土佐のおきゃく2006」は、3月3日からの10日間に土佐24万石にちなんで24のイベントを取りそろえ、にぎやかにお城下で展開されました。
メインは、先日の園遊会のような食談パーティ、ストリートダンス大会、皿鉢祭り、ドリンクラリーはしご酒大会、そしてフィナーレは冬のよさこい「よさこい初陣の舞 春宵祭」。「おきゃく」とは、土佐弁で「宴会」のこと。いずれも高知らしさが満載のイベントです。

よさこい初陣の舞の会場は、「功名が辻」の年ということもあり、まず山内神社境内で無形文化財となっている「古式津野山神楽」奉納につづいてよさこい5チームの奉納舞。夜のとばりの降りた緑深い境内で照明に照らされながらの奉納舞は、幻想的。その後、三翠園正面の武家長屋そばの石畳の坂を芸術的な照明にくっきりと描き出されるように踊り子達が踊りながら下って来る。最後は鷹匠公園内で舞台踊りで絞め。

ちょうど満室の県外客も、冬によさこいが見られるチャンスに大喜び。
比較的暖かい夜でしたので、浴衣姿で親子で踊り子達と交流するほほえましい風景でした。
翌朝旅立つお客様も、「ゆうべのよさこいはすごかった。
また夏の本祭には来たいですね」とおっしゃっていただき、大成功でした。

3/9
◆華やかに春の園遊会
ロビーの耐震化リニューアル工事の完成、披露と「土佐のおきゃく2006」への協賛を兼ねて、「三翠園 春の園遊会」が約500名のお客様を迎えて、にぎやかに行われました。

わが正曲一絃琴白鷺会によるロビーでのウエルカムミュージックとしての一絃琴演奏でお客様をお迎えした後、会場では最初にこのほど作成したロビーリニューアルビデオを放映し、新しいロビーの見どころをご説明した後、ごあいさつ、お客様への感謝を込めて社会貢献として、四国アイランドリーグの野球チーム「ファイティングドッグス」への激励金贈呈、監督のごあいさつとセレモニーが続いた後は、どっと飲み放題、食べ放題のにぎやかな園遊会となりました。

お祝いの吟詠、剣舞、ギター伴奏の歌、ちんどんや、私のお得意の「一豊と千代の出世物語」紙芝居、当館お食事券、宿泊券の当たる抽選会と盛りだくさん。

料理の方も、愛妻夜鍋と称しての鴨鍋、あさり鍋、宇佐名物干しうるめ、長太郎貝焼き、黒毛和牛の鉄板焼き、土佐ジロー(特産鶏)、地酒、名物卵焼き、田舎寿司、カツオ魚めし、牛肉のたたき、カワ鯨のすき焼き、酒まんじゅう、やっこねぎ鯛焼き、しいたけのたたき、アイスクリン、JA女性部の地産地消郷土料理、しずく酒、芋天、土佐茶、などなどもう食べきれないくらいの珍しいお料理が、これでもかこれでもかと勢揃い。

功名が辻もじって光明が辻として、お庭をイルミネーションでライトアップ。いつまでたっても帰りたくない。みんなの満足そうな笑顔があふれた園遊会でした。

「8000円、十分元をとるだけおいしくいただきました。」「楽しかった、またやって」「いろいろな人とお話ができてほんとによかった」

こりゃあ、また「秋の園遊会」を企画しなければなりません。お楽しみに。

3/6
◆消火訓練
昨年秋に続いて、消防当局のご協力の下消火訓練を行いました。
宴会場から出火の想定で、消防署への緊急通報、館内緊急放送、館内宿泊客、社員の避難、初期消火、上階に取り残された社員をスライダーとはしご車で救出するという訓練です。
常に火を扱い、沢山のお客様をお迎えする施設として、頻繁にこうした訓練をすることもあり、目標時間どおりに、てきぱきと訓練が進められました。
はしご車を含め消防車3台がサイレンを鳴らしながら構内に入って、消防服に身を固めた消防士さんがどどっと降りて放水準備を始めると、訓練とはいえ緊張感が高まるものです。
消化器を使っての消火訓練は、灯油の入った缶が炎に包まれるとついびびってしまいがちですが、女性社員も勇敢に消火をしてくれました。

今回は、消防職員だけでなく、消防団員の方々も参加いただき、市長時代に顔なじみの方もいて、なつかしい思いで、つい敬礼してしまいました。

3/4
◆ロータリークラブ四国大会
ロータリークラブ四国年次大会が県民文化ホールで開催され、1500人のロータリアンの皆さんの盛大な懇親パーティがその隣の三翠園で行われました。

これまでも4年に1回のこの会は至便の三翠園で行われてきましたが、なにしろ1500人を一同に会するには大ホール2つを使っても間に合わず、庭を活用することとなっています。雨の心配と南国とはいえ夜ともなれば外は寒いということもあって、庭には大テントを張ってのパーティです。せっかくの庭がテントに覆われてしまうのは残念ですが、背に腹は代えられないということ。

四国各地からそうそうたる方々がお越しになるわけで、三翠園としても総動員態勢です。ぎゅうぎゅう詰めで、ご迷惑をおかけしましたが、お料理も含め、まずまずご満足いただいたかと感じました。

こうした大きな会には、昨年なくなった営業部長がその経験と手腕をフルに活用して活躍する場でしたが、その大事な人を失ったのは三翠園にとっても大きな損失です。

再来年はライオンズクラブ四国年次大会がやはり三翠園で開催される予定となっており、しかも私の属する高知柏ライオンズクラブからガバナーが予定されており、大変なことです。今回の経験、ノウハウをしっかり活かして四国のライオンに皆さんに喜んでいただかねばと、緊張感が高まります。

3/2
◆霧島市長と再会
前田終止霧島市長とは、龍馬を通じての旧知の仲ですが、このほど講演で、高知に来られました。

前田市長は、元鹿児島県議会議員で、その後牧園町長を歴任し、この程合併に伴って行われた霧島市長選で、激戦の末見事に草の根選挙で勝ち上がった方です。
薩摩龍馬会の会長でもありますが、西郷どんの薩摩でなぜ龍馬をといぶかしがる人も多いかと思いますが、私も実はお会いするまではそんな風に疑問に思っていました。
しかし、前田市長の生まれ育った鹿児島県旧牧園町こそ、1866年龍馬が寺田屋で幕府の捕り方に襲われ手にけがをしながらもおりょうさんの機転で助けられた後、薩摩藩の誘いで、手の傷を癒すことを兼ねて日本で初めての新婚旅行をした地なのです。
龍馬の手紙の中でもその時の様子が克明に綴ってあり、霧島の温泉を巡り高千穂峰を2人で楽しそうに登山する姿が目に浮かぶようです。
命を賭けての維新への緊張の道すがら、龍馬33年の一生のうちでも最も幸せな83日だったと思います。

前田市長の情熱で、龍馬ハネムーン130年の年から霧島ではハネムーンウオークがイベントとして、毎年5000人の全国の龍馬ファンを集めて行われています。
私も昨年まで毎年龍馬の格好で参加していましたが、今年は残念ながら日程の調整がつかず参加できませんでした。
龍馬の化身を思わす前田市長のご自分の波瀾万丈の人生を重ね合わせての迫力のあるお話に、一同感動でした。

久しぶりの再会に、夜の更けるまでみんな龍馬になりきって談論風発飲み交わしました。